研究テーマ

実用化に向けた開発プロジェクト

旧腫瘍細胞社会学分野時代の研究を継承して、医療応用を目指すべく以下の共同研究が進んでいます。

 

1、越川直彦博士を中心として、ラミニンγ2をがんの診断に応用する取り組みが進んでいます。本課題は、東京大学の「橋渡し研究加速ネットワークプログラム」に採択されAMEDによる支援を受けて臨床研究を進めると同時に、AMEDのA-STEPによる支援を受けて高感度の診断キットを作成しています。今後、特許及び診断用抗体の企業への導出と、診断キットのPMDA承認を得ることを目指してプロジェクトが進んでいます。本診断薬は、がんの早期診断のために安価で簡便に使える血液腫瘍マーカーとして世界に展開できると考えています。

 

2、坂本毅治博士は、がん細胞や間質細胞での糖代謝の亢進を促進する共通のメカニズムを見出しており、特異的な阻害薬の開発を目指しています。すでに、マウスに移植したがん細胞の造腫瘍性を抑制できる化合物を取得しており、さらに活性の高い化合物取得を目指しています。本薬剤は、がん細胞だけではなく、がんを支援している間質細胞にも作用する新しいコンセプトの治療薬となることが期待されます。本研究は、AMEDの「次世代がん研究シーズ戦略的育成プログラム(P-DIRECT)」の支援を受けています。

 

3、その他、複数の標的に対する治療薬開発およびバイオマーカー探索が進行しています。

 

旧腫瘍細胞社会学分野での研究テーマ

越川チーム(現神奈川県立がんセンター

膜型マトリックス・メタロプロテアーゼ-1(MT1-MMP)はproMMP2の活性化因子として、また、自らが膜型のコラーゲナーゼとしてコラーゲンやラミニンなどの細胞外マトリックス(ECM)を分解することで、がん浸潤・転移、組織再生、創傷治癒、血管新生などの生理的、病理的に重要な現象に関与することが知られています。

最近の研究から、ECM基質に加えて膜分子がMT1-MMPの基質となりうること、また、MT1-MMPは膜分子プロセシングを介してその機能調節に重要な役割を果たすことが明らかとなりつつあります。そのため、膜上でのMT1-MMP複合体の全容を明らかにすることは、未だに解明されていないMT1-MMPの細胞機能制御の役割を見出すことが可能とします。しかし、これまでに細胞膜上でのMT1-MMP複合体についての系統的な研究は殆ど行われていません。そこで、私たちは癌細胞の膜上でMT1-MMPがどの様な膜分子と複合体を形成しているかを明らかとするため、複合体分子群の網羅的な同定をプロテオミクスの手法を用いて行いました。その結果、MT1-MMPは既知の膜分子を含む50以上の膜分子と結合していることが明らかとなり、それらのうち50%の膜分子はMT1-MMPの新規基質分子でありました。

現在、MT1-MMPによるこれら新規基質分子のプロセシングが細胞に及ぼす影響についての詳細を調べています。これまでに、これら基質分子のプロセシングを介してMT1-MMPが、細胞増殖、生死、接着、運動、造腫瘍能を制御すること見出しており、本知見は、MT1-MMPは細胞膜上で複合体分子と共益して様々な細胞機能の制御に関与していることを示唆しています。現在、新たなMT1-MMPの基質分子になりうる可能性をもつ幾つかの分子群について詳細な解析を行い、がんの悪性化への役割を明確にすることを行っています。また、これらまでの基礎的な知見を基に、MT1-MMP複合体を分子標的としたがんの治療や診断法の開発を視野に入れた研究も行っています。

 

星野チーム(現神奈川県立がんセンター

がんの浸潤過程は、(1)がん細胞と細胞外基質(ECM)の接着、(2)ECMの分解、(3)がん細胞の移動に分類できる。がん細胞はインテグリン等の接着分子を介した接着能を亢進させ、マトリックスメタロプロテアーゼ(MMP)などのECM分解酵素の発現と活性化により基底膜・間質組織への浸潤能を獲得します。一方、細胞内では細胞運動を亢進するアクチン細胞骨格の再編を促すシグナル伝達系が活性化される。最近の研究から、ECM分解と細胞運動がどのように連動しているか、分子レベルでのメカニズムが明らかとなりつつあります。これらの現象を細胞生物学的手法(主にイメージング)と数理モデルを組み合わせて解明していきたいと思っています。

がん細胞は浸潤する過程で物理的な障壁となるECMを無作為に破壊するわけではなく、移動に必要な最小限のスペースを確保できる程度に、効率的にECMを分解していると考えられています。そのためには、浸潤先端部にECM分解酵素を配置し、分解方向に細胞体を押し出す、精密な制御メカニズムが存在しており、Rho GTPaseによる細胞骨格の再編成とMMPによるECM分解が協調的に働いていることが明らかになりつつあります。高浸潤性のがん細胞をECM上で培養すると、アクチンがドット状に濃縮した構造体が形成されます。このドット状アクチン集積部位には、コルタクチンやN-WASP、Arp2/3複合体などのアクチン骨格の再編成に関与する分子やMT1-MMPが局在しています。このようなアクチンが集積した構造体を浸潤突起(invadopodia)と呼びます。浸潤突起を形成したがん細胞は、突起方向への高い運動性を示し、MT1-MMPによるECM分解により基底膜や間質組織を破壊し、浸潤します。類似の細胞膜構造として、破骨細胞などの正常細胞で観察されるポドソームがあります。

がん細胞は、浸潤突起を形成してECMを局所的に分解し、生まれたスペースに細胞体をもぐりこませるように移動することで効率的に浸潤・転移を起こすと考えられます。つまり、浸潤突起は単にECMを分解するだけではなく、細胞運動の先端面としての役割も持っている。そのため浸潤突起は、ECM分解と同時に、運動を促進する細胞骨格の再編成も制御していることが予想されます。

 

坂本チーム(現医科学研究所・人癌病因遺伝子研究分野

私たち人間を含む好気性生物は酸素を利用して生存に必要なエネルギーを産生しています。一方、マクロファージやがん細胞など一部の細胞では通常酸素下でも酸素を使用しない解糖系を利用してエネルギーを産生しており、特にがん細胞ではこの現象は「ワーブルグ効果」として古くより知られています。解糖系制御には低酸素応答性転写因子HIF-1 (Hypoxia Inducible Factor-1)が重要な役割を果たしていますが、マクロファージやがん細胞でHIF-1が通常酸素下でどのように活性化されるかは分かっていませんでした。

近年、私たちのグループではマクロファージやがん細胞でHIF-1を活性化させる分子としてMint3を同定いたしました。Mint3はマクロファージのエネルギー産生および細胞機能を制御しており、Mint3を欠損したマウスではエンドトキシンショックに耐性を示すことが明らかとなりました。また、当研究室で解析を進めている膜型のプロテアーゼMT1-MMPがプロテアーゼ活性には依存せず、細胞内ドメイン依存的にMint3によるHIF-1活性化を促進していることが分かり、がん細胞でMT1-MMP/Mint3システムがワーブルグ効果を引き起こすことが明らかとなりました。現在、がん組織中のマクロファージや線維芽細胞などがん間質細胞におけるMT1-MMP/Mint3システムの役割の解析やMT1-MMP/Mint3システムの制御メカニズムについての解析を行っております。

またMint3/MT1-MMPによるHIF-1活性化の研究に加え、ゲノムワイドshRNAライブラリーを用いたスクリーニングにより、酸素依存的にがん細胞の増殖を制御する遺伝子の網羅的探索も行っています。これらの研究を通じて、がん細胞だけでなく、酸素分圧、細胞外マトリックス、がん間質細胞などがん細胞を取り巻く「がん微小環境」についても理解を深め、がん治療への応用を目指しております。